東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1208号 判決
一、そこで右増額請求により増額された家賃額について判断する。
如何なる基準によつて右金額を判定するのが相当であるかについては、借家法第七条の趣旨からみて、過去に決定された家賃額と、現にあるべき客観的な相当家賃額の両面を勘案しなければならないこと、右客観的な家賃額とは(一)建物に対する適正利潤、(二)諸税、管理費等の費用、(三)敷地の地代相当額(この地代相当額についてもその土地に対する適正利潤および税・費用を合計して算出する。)の合計額を意味すること、については、当裁判所も原判決と見解を同じくするものであるから、その詳細については、原判決理由第四項の一部すなわち原判決一七枚目表一一行目から一八枚目裏三行目「合算額とみうる」までの部分を引用する。
さて当審における鑑定の結果(鑑定人足立綱彦)をみるに、おおむね右に述べた基準により本件建物部分の相当家賃は月額一六、五八九円と鑑定されており、また原審における鑑定の結果(鑑定人湯原哲)では、これが一九、三六六円(本件建物全体について二三、五六〇円とされているから本件建物部分の割合により右金額となる。)と鑑定されている。右のように、相当賃料額の算出については、その認定の基礎たる賃貸物の評価や諸費用等の資料のとり方、適正利潤率の見方等によつて相当異同が出るから、右各鑑定結果はいずれも絶対的基準とすることはできないけれども、ほぼ右のような線の範囲内で本件における相当家賃額を見出して差支えないと考えられる。但し当審における鑑定の結果はどちらかといえば地主および家主の投下資本を低目にみた結果(例えば敷地の底地価格を更地価格から直接算出せず建付地価格から算出している点および建物についても借家権価格を控除している点など。本件において控訴人が権利金のようなものを支払つた形跡は認められない。)家賃額が控え目に算出されているといえる。
ところで家賃増額算定の場合の他の基準である既定家賃額をみるに、本件賃貸借における最終家賃額は昭和三三年一月分以降の月額七、〇〇〇円であるから、これを基準としてその後の敷地価格の上昇率(建物の価格は貨幣価値の下落による表面的な上昇は別として、かえつて年々下降するわけであるから、一応考慮外とする。)によつて修正する方法をとれば、原審鑑定の結果によると昭和三三年一月の坪単価が一八万円とされており、当審鑑定の結果による昭和三六年一〇月の坪単価二五万円(いずれも更地価格)との比率25/18を乗ずれば、九、七二二円となる。(ちなみに昭和三〇年一月の既定家賃額五、五〇〇円を基準として右のような方法で算出すれば、右鑑定の結果により認められる昭和三〇年一月の本件敷地の坪単価は九万円であるから、25/9を乗じて一五、二七七円となる。)
従つて既定家賃を基準とする限り、当審ならびに原審の各鑑定結果による家賃額を下廻るべきことになるのみならず、被控訴人の増額請求額はもちろん、前記各鑑定結果による金額も最終既定家賃額の二倍以上(経過年数四年弱で)であるから、従前の当事者間の増額経過からみて急激に過ぎないかという問題があるので(控訴人の主張もこの点を強調する。)、この点について検討する。
二、一般に戦後の経済事情から物価の上昇は絶え間がなく、中でも宅地については全国的にその上昇率が著るしく、昭和三〇年ころ以降一そう急激であることは公知の事実であり、本件敷地もその例にもれないことは前認定のとおりであるところ、その割合に比べて従前から存する土地およびその地上建物の賃貸借における地代、家賃が一般に低額に据え置かれていたのは、昭和一五年以降新旧地代家賃統制令によつてそれが統制されていたこと、昭和二五年七月一一日以降は本件のように店舖を含む広い範囲で統制が解除されたけれどもなお借地借家権を強く保護すべき社会的要請は容易に解消されなかつたことなどから、賃貸借当事者間においてもおのずからその影響を受けて大幅な増額を困難にしていたためと考えられる。本件建物についても、それは長野市内において一等地と認められる商店街に位する店舖であることが原審検証の結果ならびに本件弁論の全趣旨により認められるのに拘わらず、昭和三三年当時まで家賃は逐次増額を続けながらもなお地価の上昇(従つてまたある程度における建物利用価値の増大)に比し著るしく安く定められていたものというべく、その原因は前記のような客観的事情によるものと認めるほかなく、当事者間の主観的事情によつて特に安く合意されていたと認めるべき証拠はない。従つて既定家賃殊に昭和三三年一月当時のそれを固定的基準として考え、これを従来の増額率あるいはその後の地価の上昇率によつて修正することによつては、少くとも本件建物が前記のような店舖であることを考える限り、今日の経済事情に即しない低額なものになるといわざるを得ない。それゆえ一挙に倍額以上に増額するとしてもその倍率自体に不合理な点はない。
以上の認定したところと本件弁論および証拠調にあらわれた一切の事情を総合判断すれば、少くとも被控訴人主張の月額家賃一七、一七六円は本件増額請求によつて増額さるべき家賃額として妥当と認めるべきであつて、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(近藤 浅賀 小堀)